很多新建的房子映入眼帘
还有几座摩天住宅大楼
看起来它们都是大地震之后重修的
在那些林立的新房子的间隙
幸亏避免倒塌的房子露出着破旧的外观
只有那些旧房子让我想起上高中的日子
每次看到神户街景的时候感到别扭
回忆里的神户在哪里
很多新建的房子映入眼帘
还有几座摩天住宅大楼
看起来它们都是大地震之后重修的
在那些林立的新房子的间隙
幸亏避免倒塌的房子露出着破旧的外观
只有那些旧房子让我想起上高中的日子
每次看到神户街景的时候感到别扭
回忆里的神户在哪里
今天泥水阔别二十几年之后和初中的同学见面了。
怎么也想不起来我们上次什么时候见面。
他的头发显示了岁月的痕迹。
他竟然六年前已经结婚。还有明年上小学的孩子也有。
我跟他一直保持联系。但是他一句也没有告诉我他结婚的事。
他给我介绍他的太太。看起来很适合的两个人。
还有他告诉我吓人的事。
很久以前在码头看烟火大晚会的时候,我们登上停泊在码头的货船甲板。
泥水以为那个货船是韩国籍的。因为那个货船的名字用韩国文字写的。
不过那个货船竟然是北朝鲜藉的。怪不得我们下船之后受到了公安的盘问。
现在想起来令人毛骨悚然。
根据这条专题报导里的自我诊断,现在的泥水算是”睡眠相前进综合症”和轻度”忧郁症”。
需要改善睡眠的质量。
但是晚上早点睡觉也没有用。临睡前喝酒也没有用。
为了提高睡眠的质量,那条报导介绍各种各样的方法。
例如,像宠物一样疼爱者老公睡,想像着酣睡的自己睡,看着难懂的书睡等等。
看到那些方法,越来越睡不好。呵呵
(泥水译)
武田信玄(日本战国时代的诸侯)如此训话。
“凡是战胜以五成为上等,以七成为中等,以十成为下等。
五成生鼓励,七成生懒惰,十成生傲慢。因此就算取得十成胜利,发生的傲慢下次造成败北。
不仅在战争,也在世上的事情,这用意很重要。”
马基雅弗利也这么说,”对中等胜利满意的人,总是会胜利下去。反而只想全胜的人往往落入圈套。”
莎士比亚在《李尔王》里说,”追求更好的挣扎往往弄坏已好的结果。”
日本俗话也有”吃八成饱。”
这些都是否定完美主义的。不贪婪适度满足的人不会发生傲慢或者懒惰,不会落入圈套,不让伙伴疲惫,能成为长期的胜利者。这就是前人之智慧。
除了这些积极地否定完美主义的见解以外,还有追求完美会产生负面影响的事情比较多。
其一是浪费时间。事情都有”收获费用递减则”
越接近到工作的最后阶段,对花的能量效果越少。完美主义者的球门横杆非常高,就算花了很长时间,还不到可以满足的水准。更坏的是,完美主义者没有自觉浪费时间是浪费的。"我为保证万无一失",这样的自负不让他感觉为此花的时间是浪费的。
第二个完美主义者的负面是,他们不能委托别人工作。对自己要求完美的人当然对部下也要求同一个结果。反正部下不会做得那么完美。结果自己做所有的工作,而不能委托别人。
第三个完美主义者的负面是,他们往往陷入消极,没精神的状态。
有一句话”完美主义者是什么都不开始的人”。对完美主义者来说,看起来相反,但往往发生惰性。他们指望完美,做起来反正结果不完美。它留下不满意,失败感越来越多,终于失去干劲来成为消极。
意大利的经济学者帕累托的法则有”某集团的重要项目在整体中占比较小的比例。其比例是20%。”虽然20%极端但满足于至少80%左右来进去下一步,或者开始另外个工作。在工作上也这样的不完美主义不是重要的吗?
但是事情都有相反的说法。对”不完美主义”的反论有”半途而废”,”零打碎敲”,”最后掉以轻心”等等。在工作的最后阶段,不用说”最后掉以轻心”还是”不必要的完美主义”的判断就委托你的智慧。
武田信玄の訓言にこうある。
「凡そ軍勝五分を以て上の為し、七分を以て中と為し、十分を以て下と為す。その故は、五分は励(はげみ)を生じ、七分は怠(なまけ)を生じ、十分は驕(おごり)を生ずるがゆえ、たとえ我に十分の勝を得るとも、驕を生ずれば次には必ず敗るものなり。すべて戦いに限らず、世の中の事、此の心がけ肝要なり」
また、マキャヴェッリもこう言う。
「中ぐらいの勝利で満足する者は常に勝者で有り続けるだろう。反対に圧勝することしか考えない者はしばしば落し穴にはまってしまうことになる」
シェークスピアは『リア王』の中で「もっとよくといういうあがきが、往々にしてすでによいことを台無しにしてしまう」と言っている。
日本にも「腹八分目」というのがある。
いずれも完全主義の否定である。もっともっとと、あまり欲張らずにほどほどで満足する者が、おごりや怠けも生じさせず、落し穴にもはまらず、味方を疲れさせずに、長い期間勝利者であり続けるというのが先人達の知恵である。
このような完全主義の積極的否定論とは別に、完璧を追求することがマイナスになることが、世の中には多いものだ。
その一つは時間の無駄使いである。ものごとには「収穫費用逓減の法則」というのがある。
仕事の最後の段階になるに従って、かけたエネルギーの割に効果が上がらなくなってくるというものだ。完璧主義者というのはゴールのバーが異常に高いから、時間を猛烈にかけて尚満足レベルには達しない。さらに悪いことに、完璧主義者は無駄な時間を無駄とは自覚しないことだ。俺は完全を期しているのだ、という自負がそれに費やす時間を無駄と感じさせない。
完璧主義者のマイナスの2番目は、彼らは人に仕事を任せられないことだ。自分に完璧を求める人は、当然部下にも同じことを要求するが、部下はどうせそんな完璧に出来はしない。結果として全部仕事を自分でやってしまい、人に仕事を任せることができなくなる。
マイナスの3つ目は結局のところ彼らは消極的}39;無気力がちになりがちということだ。
「完璧主義者とは何も始めない人です」という言葉があるが、完璧主義者には、一見逆に思えるのだが、怠け心が生じやすいものなのだ。彼らは完璧を望むが、やってみてもどうせ完璧には行かない。不満が残り、失敗感がつのり、ついには意欲が減退して消極的になってしまう。
イタリアの経済学者、パレートの法則に「あるグループの重要項目は、全体の中で比較的小さな割合を構成する。その割合は20%である」というのがある。仕事の上でも、20%は極端でもせめて80%程度で満足して、いったん見切って先に進んだり、別のことに取り掛かったりする「不完全主義」が必要ではないか。
しかし、ものごとには必ず、反対の言葉がある。「不完全主義」に対する反論には「中途半端」「喰い散らかし」「詰めの甘さ」などがある。やりかけた案件の最後の段階において、それが「詰めの甘さ」なのか「不必要な完全主義」なのかの判断は、あなた自身の知恵に委ねられていることは言うまでもない。